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本能(過去系生存生殖繁殖走行プログラム群)が現在進行形の新規環境の中でバグを起こしている。
時代の集合的運動体である個人には、時代そのものの流動性(形態と変化)を外側から静止し、観察することはできない。

彼らにできることは、自分が視認可能な前後の流れを掌握し、効率よく、走路を変えるプレイヤー的思考の実践だけである。

自分が正しく、彼らが間違っているなどというつもりはなく、

外敵に囲まれ、大地で生きることも苦痛であり、危険から身を守られた後、屠殺工場へ送られる家畜の人生もまた、苦である。

ぎらつく太陽の光を見ていると、生きているという実感より、

否応なしに生かされているという実感を抱く。
愛情概念の欠損、

オキシトシン欠乏、

ミラーニューロン形成、

目に映るすべての光景は、時代が生み出す複合的臨床データ。
必要なのは、作用機序の理解と、数十年から数万年規模の臨床データ。
マクロ視点

企業=国土を耕す巨人

国民は、肥料(細菌)

ミクロ視点

両親は、農民または、畜産業者

子供は、農作物または家畜

彼らは、収穫物、家畜の市場価値を競い合う。

農地の相続、農業技術の伝承、その関係において存在した農耕民族の親子関係の消失

作物の収穫技術や家畜の扱いに等しい「躾け」

経済数値に反映されない機能不全家庭

我が子に、モノや家畜に等しい感情しか持たなかったが故に、

高齢化の末、独居老人として、または老人ホームという「ゴミ箱」に放置される子供の教育に失敗した老人たち。
巨大化する社会、

細菌化(相対縮小化)する国民、

劣悪な環境下で生育、

悪性ウイルス化、

小さくとも、人間(巨人=企業)に感染し、

重病、死に至らしめるほどの力、

悪玉菌特有の病的攻撃性による社会環境、職場環境の悪化、

善玉菌の駆逐、

生物の同種集合化の本能(環境プラグラム発動)

従業員不足、

肥料のない土、

社会の非有機性、

作物の枯れ死、
コンビニは、玉ねぎ、

従業員は、牛糞、
富の不平等分配、

巻き上げられるカネ、吸い取られるカネ、

富の局所集中

巨大企業、巨大ビル、牛久の大仏、

巨大な鍬で国土を耕す巨人、

微生物のように小さな国民。

世界を闊歩する巨人、グローバル企業

国民は、肥料、

収穫物は、金。
国土全土を占有農地と見立てた農耕民族的生産社会
万年単位で形成された農耕民族遺伝子

変化、起伏のない無感動農耕社会の裏祭り=村の「掟」を破った村民の公開処刑

人類史において、過去に例がない、機械の発達、石油資源の利用によって、爆発的に巨大化した産業社会

機械的労働、非人間的社会、無変化無感動状態に、過労による異常ストレスが加算

恒常的悪心は、必ず、攻撃的なはけ口(排泄弁)を求める

遺伝子に組み込まれた村八分精神構造の希求、方向性、現代環境代入適用

大衆の満たされない自己顕示欲、経済力

はけ口は、経済的、自己顕示欲的成功者達の処刑へと代入。
目の前に存在し、相対する、笑顔で語りかける者と、

冷笑を浮かべて、銃口を向ける者同士の対話は成立しない。

その銃口が、目に見える形で存在しようと、精神の内に存在する『見えない銃口』であろうと。
著しい知的認識差がある者同士の高度情報伝達が成立しない理由は、

社会的闘争状態にある者は、眼前の話者が語る情報の質を、自己の社会顕示において、不都合なる情報の断片と認識し、環境が許しえる形の中で、対象を破壊しようと考えるからである。

話者が語る情報の客観的な質に対して、自己利用という観点から、正の質量を感じることなく、負の質量を持つものとして、自己認識し、情報の質量を感受することなく、負の反応を示す。

即ち、話者の精神に追従せず、その情報を改変し、自己利用するか、利用価値のないものとして、排除する。
人間は、自我の内に、生存本能と生殖競争の社会的勝者となる自己像を組み込み、

無意識的に、または、思考の最上目的として、世界を観察し、改変しようとする「働きかけ」を外部事象に行なうが故に、

世界を正確に映写し、語り、記録する者として、極めて、不適当であり、

彼らが存在するだけで、世界は常に、彼ら各々の自己都合により、干渉、改変され続けている。

その点において、熱帯(温暖な気候から生じる生物の過剰繁栄、過剰闘争下)のジャングルと人間社会において、特別的な差異はない。

環境的自浄作用のあるなしは除き。
古いTVの映像が不鮮明であった場合、人は「このTVは写りが悪い」と言うはずではないか。

ならば、それは、人の認知にも当てはまるはずだ。

もしも例外があるとすれば、

ホモ・サピエンスは同種集積型の思念の一致に基づいて協同的認識、行動をとるが故に、

群行動する一個の集団全体及び各々の個に対する知的優劣に対しての発言は、感情的側面から拒絶されるということだ。

しかしどうあれど、性能の低いまたは、故障したTVが映し出す映像は、映像そのものの質を示すものではなく、その機械自体の性能を示しているに過ぎない。
ましてや、自己便宜を図ろうと、ありもしない映像を映し出すTVや、虚実を入り混ぜて、迫真のノンフィクション型フィクションを放映するTV、

さらには、他者の失態や醜聞に関わる情報だけを映し出そうと、他者のプライバシーを侵害し、尾行を繰り返す人工知能搭載型の自律型映写機、その映像を元に上から目線で罪状を言い渡すコメンテーターという名の独裁者型の裁判官達、もはや、彼らは、搭載されているCPUの基本性能自体に欠陥があると言わざるを得ない。

問題は彼らが映し出し、語り出す事象の中ではなく、彼らの内に存在している。

FH

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