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母に、どの程度自分のボケ具合を認識してるのかと思って、「今、自分がボケてしまったということはわかる?」と冗談っぽく聞いてみた。
「うん、年取ったから、年相応に物忘れが多くなってるよね」と言うので、認知症という自覚はないことがわかった。
「その物忘れが、ものすごくひどいことはわかる?」と聞くと、「まあそうだね」と認める半分、不満半分という感じで答えていた。
「物忘れがひどくても、明るくて元気だからいいけどね」と言ったら、「あらそう?」とちょっとうれしそう、というか自慢げだった(笑)
友人のお母さんは母と同い年だが、2年くらい前まで民生委員やら何やらいろいろなことをしていたシッカリ者だったのに、今年に入ってから急速に認知症が進んでしまった。
この1、2ヶ月の間にも大分悪くなってしまったようで、1日中、友人の名前を呼んでそばから放してくれないようになってしまったそうだ。
自分の症状にすごく不安を抱いて鬱状態でもあるらしい。
母みたいに、明るく元気にボケているのはとても良い。
私は、自分の母への対処が適切だからだと、自己評価してる。
今日は、母と病院に行く日なので、1時頃迎えに行ったら留守だった。
また忘れてしまって買物か食事に行ったんだなと思ったが、もしかして徘徊してるかもしれないと探すことにした。
まず、1日3回ぐらい行ってるらしいスーパーに行き、そのあと、みつわ台病院のそばの喫茶店、陶○○に行った。
車を止めて中を見ると、おばあさんが一人いるので、母とは違うように見えたが、車を降りて確かめた。
お店のママさん(私ぐらいの年配の人)が出てきたので挨拶して、「母がよくこちらに伺ってるようなので、今日は来ていないかどうかと思って」と言うと、「今日は、まだ来ていません。スーパーか駅前の喫茶店じゃないですか」と、ツクモさんと同じように、母の行動をよく知っている(笑)
「スーパーは見てきたので、駅前に行ってみます」と言って「母は週2,3回は来てるみたいだけど」と聞くと、「毎日、来てますよ」と言うのでビックリ。
ママさんの方から、「何かあったらかけるから電話番号を教えてくれ」というので、ちょうど、母に持たせようと思って書いてきた私の電話番号を書いた紙を渡してきた。

そのあと、駅前の喫茶店○フィンに行った。
のぞくと、バッチリ、母がいてスパゲティを食べていた。
他に、2組、やはり60前後のオバサン二人組のお客がいて、私が「今日、一緒に出かけるのに忘れちゃったのね」と言って、母が「あら、そうだった!」と言うと、みんな大笑い。
私もそこで一緒にお昼を食べた。
ここでも、ママさんに「母がちょっとアブナイのでよろしくお願いします」と頼んだら、お店の名刺をくれた。
そして、「こちらのご主人はボン○○エールにいらっしゃった方ですか」と聞くと、「そうです」と答えるので、「うちの娘が以前、ボン○○エールで働いていて、こちらは先輩がやってるお店だと言っていたので」と言うと、マスターをわざわざ呼んで来た。
娘が就職する前に辞めたそうだが、11年働いていたらしい。
私は10年以上ボン○○エールのケーキを食べていた、美味しいケーキ屋さんなので、娘が憧れて就職したが、1日12時間働いて、10キロの粉を担いだり、7キロも太ってしまって、辛くて1年で辞めた(笑)という話をすると、「昼食を食べる以外、休み時間もなくて、朝も早くて大変でしたよね」とマスターも言っていた。
今日は母と病院に行って、帰りに母のリクエストでみつわ台の市場に行った。
市場で私は、また団塊のオジサンに「そのかごを片付けてあげる」と声をかけられた。
お店の人だったけど、そのあと見てると他の人には声をかけていない。
夏頃からオジサンによく声をかけられるが、これで5回目。
この前は、オバサンにも電車で席を譲られたし、私ってどう見えるんだろう(笑)

そして、母を家へ送ったあと、一人でガソリンスタンドとスーパーに行って、いったん自宅に帰って荷物をおいて、40分後ぐらいに母の家に車を置きに行った。
すると、ツクモ電気の息子さんが勝手口の外灯の蛍光灯を取り替えていた。
挨拶すると、「お留守のようなので、外灯が付くかスイッチ入れて見てください」と頼まれたので、「いや、さっき出かけて帰ってきたのでいるはずだけど」と覗くと、母がいない。
もう4時半回っていて、暗くなってから出かけるのを嫌がる母だから出かけるはずないのに、散歩に行ったのかもしれないが、今日はあちこち出かけて帰ってきたばかりなのに、やっぱり徘徊なのかと心配になった。
冗談っぽく「徘徊してるのかしら」と言うと、ツクモ電気の息子さんは、「1日中よく出歩いているのを見かけますよ」と言う。
「いなげやさんが多いみたいです」と、そこまで観察してるのは心配してくれてるのか、野次馬根性なのか(笑)
「それは私も知ってるんだけど、まだ家がわかるからいいけど、迷子になってたら私に連絡してくださいね。お母さんにも頼んであるので」と言っておいた。
「外灯の取り替えは火曜日に頼みにきて、水曜日は雨で、木曜日なら家にいるというから今日来たんです」と言うので、「頼んだことをもう忘れてると思う。代金は、そんなの頼んでないと払わないかもしれないから、そのときは私に電話して下さい」と言って、息子さんは帰って行き、私は家の前で母が帰ってくるのを待っていた。

するとすぐに母が帰ってきたので、「どこに行ってたの?」と聞くと「喫茶店(みつわ台病院の前)でお茶、飲んできた」と言う。
「誰と?」と聞くと「一人だよ」と言う。
ずいぶんおしゃれな徘徊だ(笑)
案の定、外灯のことは覚えてなくて「頼んでない」と最初言っていたが、話してるうちに思い出したので、一緒にツクモ電気まで行ってお金を払った。
またツクモ電気の奥さんに事情を話して、「息子さんにも頼んでおきました」と言って、「息子さん、おいくつですか」と聞くと31才だと言う。
思ったとおり、ロシアで音信不通の私のバカ息子(笑)と同い年だ。
「頼りになる、いい息子さんですね」とヨイショしておいた(笑)
今日は、また母から電話があった。
私は呼び出し音だけで、母からとわかってしまうのだが(百発百中)、日にちを間違えて「ずっと待ってるんだけど!なんで来ないのよ!」と言うと思ったら、「お昼を一人で食べて来ちゃったんだけど、今日は出かける日だった?」と聞いてきた。
「時計はある?時計の日付を見てご覧なさい」と、またいつもと同じ会話。
「今日が何日かわからなくなったらその時計をまず見るのよ」と3回ぐらい繰り返して言うと、またうるさくなったらしく「はいはい、わかったわよ、何度も聞いた」と反抗的になった(笑)
NHKで「認知症を治せ」という番組を見た。
期待して見たが、結論は今は治せないということだ。
認知症の56%がアルツハイマー病で、その他に「レビー小体型」とか4タイプぐらいの認知症がある。
アルツハイマー以外は手術や薬で治る場合があるが、アルツハイマーの薬はまだ開発中。
アルツハイマーは脳神経細胞に「βアミロイド」という異常なタンパク質が蓄積して細胞が死滅していくのだが、発症の20年前からその蓄積が始まるという。
娘は今29才だから、49才でアルツハイマーになるなんてことはないよね(笑)
私の診断では(笑)、母は完全なアルツハイマーだから、もう生きているいうちには治らないということだ。
私がなったとしても、日本は新薬の実用化が全てにおいて遅れているから、私も間に合わないだろう。
せめて、娘に間に合ってほしい(笑)

きのうはまず銀行に行って、入院費分のお金を引き出したが、母は、一人で出来た。
新しい毛布も袋に入れてちゃんと用意していた。
きのうは頭が冴えてたみたいだが、一つ残念なことは、関係ないタオルケットも自分で用意していたことだ。