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「甘みが強く 輝くような色のお茶」なシャインティーはきっと白竜くん仕様にゼロカロリードリンクになってるんだろうな。
「とろける味わいの ぜいたくなシャインサンド」とか、鶏胸とか卵の白身たっぷり使った超プロテイン飯になってんだろうな
「制度としての結婚」に対して、アイロニカル通り越して悪魔的に嘲笑的なところがゲーム版イナズマの面白さであり、危険さでもある。イナズマで面白いのは、奥さんを選ぶ指標として、「『富』も当然魅力の一つでしょ?」と、無印1から、堂々と宣言してるところだ。〈男〉の容貌を賞玩してよいし、〈女〉の財力に跳びついてよい。空洞化される「中心」、守くんのトロフィーハズバンド性が、支配的なジェンダー秩序を脱臼したさきに、否応なしに立ち現われる。みんなが苦笑して、ときに激怒するブラックコメディとして。そういうクィアさがあるよね。
ってかなんで天馬くんが監督の奥さん(のセンター)を決めなあかんねん!これも一種のハラスメントではw
案の定、大人たちに贈賄を仄めかされて困惑させられとるし!
メタに言うと、ハーレム物の「ヒロイン論争」が【嗜好のパワーゲーム】と化しているさまを、「円堂監督の奥さんセンターを争う総選挙」とブラックな筆致で諷刺している。⋯んだが、それを「生み出している側」が揶揄しているというマッチポンプさが、強烈に破壊的だ。それゆえ強烈に、暴力的に面白い。ノスタルジアに酔いながら、局所的に噴出するイナズマ・ポストモダン⋯!
古今東西いろんなひとがいるけど、自己紹介を求められて「⋯兄が1人いる。」と告げるひとはいないよなぁ〜〜 天馬くんもはじめてだろうなあ〜 未知との遭遇やな。
カトリーの父親って、サーハイマンじゃないかな?髪の色とか目の色とかかなり似てるよな。殺されたと思われていた姪っ子・カトリーをエルシャールが引き取って育てていて、数年後、失踪していたサーハイマンの消息が分かり、彼に娘を引き会わせるために、エルシャールも「失踪」したとか。⋯にしてもあの発言からの失踪はカトリーちゃそに対してあまりに酷すぎるやろ英国紳士⋯!
戦りたくて戦りたくて堪らないんだろう。欲動を、もつこと自体は自由だ。どこまでも自由だ。実際に「戦る」ことと、「戦りたい」欲動をもつことは、限りなく隣接してはいるけれども、違うんだから。欲動自体を、いくら隠蔽したところで、印象操作の堂々巡りが続くだけだ。淳一郎を英雄として讃えたいのなら、かれのマッドサイエンティストさを、堂々と賞賛すればいい。憧れて憧れてやまないのなら。危険なものを、危険なままに、ガンガン露出させて取っ組み合ったほうが、絶対に面白くなる!
L5作品の魅力は、その狂気にあるんだろうがーッ!!!
ダン戦の「ねじれ」は、LBXを文字通りダンボールの箱庭の内に収めておくことができずに、世界そのものをルール無用の戦場≒淳一郎の「遊び場」に成し果ててしまったことにある。暴力を制御するための強化ダンボールだったのに、一作目から『ダンボール戦機』の意義を有名無実にしてしまった。とにかく、【ホビー感覚で、重火器を使った、なんの規制もルールも存在しない戦いを、しまくりたい。】危険な、ディストピア極まりない世界だけど、それこそが欲望の根幹にあるんだろう。いいじゃん。承認しちゃえよ、暴力への欲動を。
バンくんが、友達を奴隷化した父・淳一郎に怒るよりも、彼を赦すことを優先してしまった時点で、色々なものが崩壊してしまった。オーガ小説版で浮き彫りになったのは、「サッカーやろうぜ!」=「(必要ならば)戦争やろうぜ!」という簡潔なメッセージ。ある意味、優等生的な脱戦後宣言だ。でもダン戦は、その奥のさらなる本音、【重火器をガンガン使った、戦争やりたい。】をぽろっと漏らしてしまっている。その「危険な欲望」それ自体を、承認しかねているから、ねじれが生じているんだろうな。
セレディのテロも、遥のネグレクトも、ビネガーの露悪も、尽く「なんとか、淳一郎には批判の矛先が向かないように、印象操作をしたい。そのうえで、淳一郎が行なった暴力の傷跡を、修復したように見せかけたい」欲望と結託している。本気でセレディが【真の戦争】を人々に突きつけようとしていたのなら、毒ガスポッドなんて迂遠な仕込みなどはせずに、LBXで直接人体を襲撃し、死傷させていただろう。淳一郎がホビーとして世に送り出した、LBXで。
※一瞬とはいえ、そういうLBXのヤバさを露出させてしまったイナダン映画、いいよね。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00K8ICVFG/【そこで待ち受けていたのは、グラウンドに倒れたサッカー部の部員たちと、学生服を着た謎の少年の姿であった。】
「学生服を着た」という表現に窺える絶妙な婉曲性
何度観てもGO1一話いいな⋯。天馬くんと剣城くんと一緒にGO1一話視聴したい⋯(倒錯)!
豪炎寺さんグッと麗しくなったなあ 特に豪炎寺さんと風丸くん、アレスで超カッコ麗しくなったね!
豪炎寺さん不動さん壁山くんみたいに、無印であんま見られなかった人たちのやり取りをアレスで見れたりするの、いいね。もう公式で積極的におみくじみたいの作って、ランダムに引いた人たちの組み合わせでお話作っちゃうのも面白いんじゃないかな。こんだけ選手達もマネージャー達も沢山いるんだし、そういう偶然性で展開していくのも割と真面目に面白いかも。
対症療法的に「世界は救われた」宣言をして、システムの問題はそのまま温存しておきたい。淳一郎を英雄と讃え続けるために、遥を用意する。ヒビキ提督は風刺できても、淳一郎だけは、どんなに子供達を傷つけていても、英雄扱いをやめたくない。星二郎による奴隷化と淳一郎による奴隷化に違いがあるのか?財前は円堂教プロパガンダを後援し、淳一郎が兵器をホビーとして供給するのを黙認する。温子/マリナ的な陰陽の〈母〉の呪いと、淳一郎/イゼルカント的な〈父〉の横暴の板挟みになって苦悩する守/バン/フリット/チャップ的な〈息子〉たち。
淳一郎教。極端な露悪の後ろには「突かれたくない痛い箇所」があるものだ。ビネガーの露悪描写には、淳一郎万歳をしてしまった、疚しさがある。しかし、あれを見よと「大悪」を強調して描いても、「小悪」たちが「無悪(無害)」には、ならない。「企業」を描こうとすると、腹を据えて「そんなの知ってら、悪人上等!」とは居直れなくなる。腰が弱る。代わりに「大悪」を持ち出して、小悪の印象を薄めたい。だが、「大悪商人/小悪商人」の分割は、ダン戦の「良い科学者/悪い科学者」単純二極分割の、二の舞そのものじゃないか。
スナックワールド主人公の目的は当初は純粋に「復讐」のみで、世界をどうこうする心算はなかった。しかし、途中から仇敵が「世界に破滅をもたらそうとしている」ことを告げられ、私怨による復讐に、「大義名分」が付加される。USAピョンがキレた時に銃乱射するのは、『ボウリング・フォー・コロンバイン』的な社会問題の戯画化で、「虐められた者が逆襲するのは当然だ。」と私怨による復讐を承認している。でもスナワでは、わざわざ復讐に「世界的(社会的)な正義」が用意される。聖戦化。「小さな物語」が、「大きな物語」にすり替えられる。
膨れ上がる企業を悪に位置付ける態度は、自罰的だ。批判を先回りして回避する、先制防衛。でも、「企業の営利追求」自体を悪に描くのは違うんじゃないかな?カルヴィニズムじゃあるまいし。武器商人が武器を売ろうとするのは当然だろう。企業が営利を追求するのは、当然だ。個人が欲望を追求していいんなら、企業だって営利を追求していいに決まってる。妖怪メダルで荒稼ぎしたって、全然いいんだぜ。買った人も、いっしょに楽しめるものを作ってるんだから。とか偉そうに言う。企業という「システム」を、人格化することに問題があるんじゃないか?

もみじ

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