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住宅設計をやっていると、その家族の中にドップリと浸かる・・・。

毎回思うが信頼関係無くしては語れないし、家族の一員となって想い考え悩んで計画していかないと、良い回答が導き出せない。
あちらのお宅はこうだったからOK等と言う定説も無意味だ。

  そして毎回それぞれの大きな価値観の違いに驚く・・・。
お客様って、やはり多少なりとも店舗内の様子が見えた方がいいのでしょう?
都内と田舎の感覚はたいぶ違ってて、田舎はチョットで良いから人の気配とかが感じられる開口部が大切。

これは、お客と店(建屋)との物理的な距離に関係しているように思う。

それに、人は人を惹きつける
五感・・・「視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚」


レストランに訪れる客なら誰しも、この「ど・れ・か」を満足させて欲しくて来店するのではい。間違いなく「総合評価」だ。

少しでも「また来たい」と思わせた方が勝ち。

味が良くても、サービスが良くても…心地良い空間を提供しなかったら、客は遠のく。

「Gakuさんがまた来たい!と思える建物を設計して下さい」

とても胸に響いた。やり遂げなくてはならない。
ある中小企業経営者の言葉

「ファミリーベンチャーな形態をとるのは、会社が伸びない」
「数人の会社でも、社員を抱えて経営すべき」

耳が痛たかった。

安パイを打つのは防御的であり、補足的であって原則攻めでは無い。

この気持ちを忘れず進もう・・・少しでも理想へ近付けるために。
注意喚起も相手を見て「注意」を促して欲しいものだな。

ただ闇雲に「○○はやめてください」と言われても、その行為は

「非常識な事をやる人に見えるので注意しているのではないか…」とも受取れる。


どこにでもある美術館、あれほど事前に何度も「○○ダメ注意」を受けたこと無かった。
結局、不愉快な美術館、としての印象しかない。
いくら綺麗な庭でももう二度と行かないであろう。

そもそも、日曜の午後だというのに3組しか居なかったという現状。
閉館も近いかもしれないな・・・セ○ン現代美術館
「辛い」という字は、「幸せ」の一歩(一本)手前。

その辛さを乗り越えると、幸せが舞い降りてくる。 幸せを実感する為に用意された・・・スパイスみたいなもの
幸福の定義・・・と聞かれ、記憶の隅に張り付いていた言葉を思い出す。

それは、「如何に自分自身を満足させたか」だったと思った。
誰しも、自分自身には嘘がつけない。その自分を他人の評価だったり、一般論だったりで判断するのではなく、単にシンプルに「満足」出来たかどうかなのであろう。
瞬間の欲求を満たす行動から、継続的に努力し積み上げなければいけないモノまで。

そして私達は、もっと簡単に幸福になる方法を知っているはずである。
Twitterにて「面白い建築って何?」との質問を受ける
「面白い建築物を例にあげる」のか、「建築の面白い概念をあげる」のかを迷い、後者はどうゆうことか数日考え込んでいた。
あえて言うならば、建築とは…地域、敷地、利用者など多岐の条件から導かれる、唯一の生物を創造していく行為なのだろう。
また、その建築物に「魂を吹き込む行為」は「設計の理念」にあると考えている。
面白いことに…このような建築物は「存在し続けたい」といった意志を持つ生物となる。
利己的である~利他的であるとの括りに、まあるく納まらないのがこの世の中の常である、それはつまり、人が独りでは生きていけないと言うことなのではないか。
”人の為に”との考えや行動が、他方からは利己的に見える側面もある。
それは、私利欲につながっていると判断されるからであるが、判断した当人も結局は利他的に行動出来ずにいるのに違いない。

完璧な人間がいない様に、欠点を補い合う関係が良い括りになりえるだろう…いや寧ろ、長所を伸ばし合う関係を理想としたいところであるが。
【シンプル】とは・・・ただ単純に簡単な要素にまとめる行為でなく、利用者側に個性をゆだねる行為でもある。
友人が設計した建物を見学した。学び取る箇所は毎回沢山ある…。
そうやって影響しあって成長していける友人がいることにとても感謝したい。

そして…同業者のプロに見せても恥ずかしくない建築を設計し続けていきたいな。
Twitter 始めました。 → @GakuArchi

有効に活用できるかどうか???それが問題なのですが、あくまでもツール(道具)なので。。。深く考えずに行こうか…。
先祖を敬う文化と希薄化する社会…(お盆の時期なので)そのような記事を、新聞で目にした。
お世話になった設計事務所の会長が、「このようなつまらない世の中にしたのは、我々建築産業にも責任がある」ような話をしていた記憶がある。
もう一度あの会長に会いたい、戦後から今までの建築の歴史、理念を教わりたい…。

ベランダや密閉された部屋で亡くなった子供達を思うと…いつもこの言葉を思い浮かべてしまう。。。
何故こんなに「設計事務所」と「建設業」の区別が分かっていらしゃらない人ばかりなんでしょう・・・。
そして「きみも流行りの○△のような仕事やったら?」なんて言われちゃいます。

設計事務所はお客の欲しい建物を企画・計画・設計していく仕事なのにな。。。
商品化した建物とか、イメージが限定する設計ばかりが、「良い建築」とは到底思えない。

そしてまた・・・私の設計した物件を見たことないような人が、そんなことをアドバイスする。(している気になっている)

やはり残念でならない・・・。
 必要とされる事に喜び、自分を活かせる事に幸福を感じる。・・・そんな仕事です。

 そして、楽しい。

Gaku

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これはGakuの《備忘録》です。
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