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ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解いただきますようお願い申し上げます。

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「有難う御座居ました」は明治時代から戦前、戦後も暫くは使われていた。

難しいのが有って座に居が御だってか?

漢学というのがあって何でも漢字にすれば博識に見えた当時の人々の名残なのだろう。
何でもカタカナ文字にすればエラそーに見える現代と同じだ。

平易な表現で難解な内容を他人に理解させられる人が本物の知識人なのだと思う。

(勿論、私は違う)
「出来る」は原則、かな表記。

こと(許可しないことがある。)
できる(だれでも利用ができる。)
とおり(次のとおりである。)
とき(事故のときは連絡する。)
ところ(現在のところ差し支えない。)

幾つかの例を見ると例えば「出来る」を分解して「出」+「来」。
この当て字は表意文字としての漢字の意味を全く為していないからだろう。
音だけの当て字だ。
明治時代からそう書いている人達はともかくも真剣に見ると逆に間抜けに見える「出来る」。

「出来る」は今から「できる」に変える。
「御案内」は漢字だが「ご尤も」は「ごもっとも」だそうだ。

私のは公用文ではないから構わないけれど結構、無茶苦茶に書いていた。

何もその通りにやる必要はないのだが某か取り決めがあると助かる。

アホな「患者様」は厚生労働省が国立病院向けに出した通達、患者の山本さんだったら「山本様」と呼べが私立病院においても曲解して使われた悪い例ではあるけれど。
文化庁が3年前に公用文での漢字使用の指針を出していた。
一番下の別紙というPDFファイルがそうだ。
4ページしかないからすぐに読める。

http://bit.ly/1bHqrjV

個人的な文章については勿論自分の好き勝手に書けば良いのであるか、こうした指針があるのを知っていても損はない。
大和言葉 Wikipedia

http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E8%A8%80%E8%91%89

正式な病名は「どんな字病」だそうだ。
治療法は書いてない。

抗生物質は効くのだろうか?
ひらがなでよめばわかる日本語 中西進 新潮文庫

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4101348510
漢字表記をやめるのは新聞から漢字が消えただけが理由ではなくて漢字というのは全て当て字でけして知識の象徴ではないからだと私は思っています。
やまとことばは全て平仮名だけで縄文人にとって「目」も「芽」も同じ意味だったとか。
おおらかな民族だったんですね。

民族学者の柳田國男が命名した「それ、どんな漢字で書くの病」…だったかな…なんてのがあるそうです。

といいつつ私も「出来る」とか書いてしまうんですけどね。
アメリカ本土攻撃でアメリカ人が恐怖に恐れ戦いたのは嘘ではなかったのだろう。

こんな最低の映画を作って茶化したくらいなのだから。

アメリカ本土が攻撃を受けたのは19世紀のイギリス、20世紀の日本、そして21世紀になった途端の9.11の3度だけである。
24歳で観た映画。

スティーブン・スピルバーグの「1941」。

https://www.youtube.com/watch?v=6_KOLqpo7z8

伊17潜水艦によるアメリカ本土攻撃が題材の最低の作品だった。
あまりにも馬鹿らしいのでまるで嘘かと思った。
何よりも連合艦隊司令長官、山本五十六の三船敏郎が殆んど気違いの潜水艦の艦長、アキロー・ミタムラ中佐役だったのに腹が立った。
おはようございます。

日露戦争は破れたことのないバルチック艦隊に勝ったのですが遠方から来てバルチック艦隊は疲れ果てていたとか。
勝って兜の緒を締めず2.26事件から開戦へ突き走る大日本帝國軍部。

でも父の「勝てるわけなかったんだ」は初戦の頃は違って本当に勝ちそうだったと初めて知りました。
「勝ちそう」なだけで勝たなかったでしょうけれど。

強ければ強いほど徹底的に叩かれたのでしょうね。
「悪魔の飽食」が出版されたのは大昔だし、今では色々と問題点が指摘されている本だ。

しかし調査や執筆のプロの森村誠一氏が解らなかったことが今では素人がチャチャっと調べられる。

なんとも恐ろしい時代である。
現存資料から見る陸軍登戸研究所の実相
明治大学 渡辺賢二
PDFファイル
http://bit.ly/13pYe9a

昭和18年3月より研究が始まり風船爆弾には牛疫ウィルスかペストを搭載する予定だった。

だが敗戦色は非常に濃くなり、もしも風船爆弾に細菌を積んで本気でアメリカを怒らせてしまったら国体維持を条件に和平交渉ができなくなる、それを恐れて積まなかったそうである。

武士とは関係がなかった。

Googleケータイ変換 http://bit.ly/11TuaJh
その風船爆弾も森村誠一氏の「悪魔の飽食」では731部隊が開発した細菌を搭載する予定だったのに、それが搭載されることはなく、その理由は不明とあった。

私は勝手に武士の国がそんな卑怯千万なことはしたくなかったからだと思っているのだが事実は知らない。
やれば出来たのに何故だろう?
そのための731部隊だったのに。

シャワー。
チャップリンはヒットラーがアメリカ本土に上陸すると思われていた頃に映画「独裁者」でヒットラーを馬鹿扱いしてヒットラーをして「アメリカに上陸したらまず奴を血祭りに上げる」と言わしめたところが凄いのだが日本軍も開戦当初は真剣に怖がられていたようだ。

ホテルのボーイの話は嘘。

しかし風船爆弾以外の手段でアメリカ本土を攻撃していたのは初めて知った。

lectorjp

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