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増井千晶 東長戸・西長戸・鴨川・勝岡・和気・堀江方面
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2001年になると、日本ブラインドゴルフ振興協会主催により、日本全国で年数回のツアー競技「ブラインドゴルフ・ジャパン・ツアー」が開催されるようになる。
1998年9月、半田晴久の呼びかけにより、世界ブラインドゴルフ協会(IBGA)が設立される。また、1998年には、国内に、日本視覚障害ゴルファーズ協会という別団体も発足し、普及が進む。
同年9月には、ブラインドゴルフ・オーストラリア・ワールドオープントーナメントに4人の日本人選手が出場し、翌年以降も毎年海外遠征を続ける。1990年には、初めて国内でのブラインドゴルフ大会が開かれ、その後は、ほぼ毎年開催されている。
1988年に、日本ブラインドゴルフ倶楽部(日本ブラインドゴルフ振興協会の前身)を設立すると、日本で初めて視覚障害者が集まって、上井草ゴルフセンターや千葉廣済堂カントリー倶楽部で練習をする。
ブラインドゴルフはアメリカの視覚障害者がゴルフをプレーしたことが発祥とされ、その後まもなく、イギリスでもプレーする人物が現れる。
階級(B1)。全盲。下限は全く明暗を弁じ得ない(判断できない)、上限は光格弁(手のかたちを認識できない)。つまり、ボールもクラブも全く見ることが出来ない程度。
1990年代に、世界ブラインドゴルフ協会によって、視覚障害の程度によりB1~B4まで(場合によっては、B1~B3まで)の階級を分類した。これは、医療的な分類とは異なり、実際にどの程度見えるかに基づいて決められている。ただし、全盲と弱視の二部門に分かれて競技を競うこともある。
選手は、介添え者と二人一組となり、健常者が行うゴルフとほぼ同一ルールでプレーするが、唯一、「ハザード内の地面にクラブを付けて良い(バンカーで地面にソールを着けても良い)」という例外が認められている。
通常、障害者ゴルフは健常者のゴルフと同じルールでプレーするが、視覚障害者部門にのみ、ルールに例外が設けられている。
2013年時点、日本では、全国スポーツ障害者大会の正式種目ではないが、初めて、デモスポに障害者ゴルフが採用された。
2009年にゴルフがオリンピックの正式種目に採用されると、ヨーロッパ障害者ゴルフ協会(EDGA)は、国際パラリンピック競技会に、「障害者ゴルフをパラリンピックの正式種目にする」ための提訴をするが、2016年のパラリンピックの正式種目には認められなかった。
2016年のオリンピックから、ゴルフが正式種目として復帰することになり、障害者ゴルフもパラリンピックの正式種目に認めてもらう運動が世界中で活発になっている。
ただし、介添え者がキャディーも兼務することは重労働であるため、介添え者のほかに三人目の人物がキャディーをすることも認められている。その場合は、アドバイスをしたりクラブを渡す等のキャディーの役割を、介添え者は行うことができない。
さらに、ショットごとにかがみこみ、クラブヘッドのフェースとボールを限りなく近づけてストロークの前に選手を正しくセットするという作業や、ターフを取ったら芝を戻しディボットを埋める等、プレーの介添えも行う。

増井千晶

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鹿児島県は在住のゴルフ大好き増井千晶です。ゴルフに関する情報(ルール説明・歴史案内・ニュース等)について沢山ご紹介できればと思います。フォローして下さる方も大歓迎です。宜しくお願い致します。
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